くろねこ小隊の不確定な作戦2:「―夢見る機械たち―」

 時間と言うものは、あっと言う間に過ぎ去って行く。時間の流れと言うものを可視化できたら、恐らく視界いっぱいに怒涛のごとくその激流が現れるだろう。もっとも、人間は時間を流れるものだと認識しているので、そんな発想をしてしまうが、他の存在たちにはそう見えないのかもしれない。不老不死のような存在、エントロピーの増大にあらがえる者たちがいたら、きっと時間は一つのパラメータでしかない。どんなに時間が経とうとも悩むことは無いし、気にすることも無い。

 あの核攻撃に遭遇して、何とか閉じ込められた基地から脱出し、上官である義体化兵の文月智恵花中尉を救いだしてから、もう十日ほどになる。今は智恵花(心の中でだけ、名前で呼んでいる)の妹たちが避難している避難所で、情報軍の救援作業を補佐している。といっても、力仕事はおもに陸軍の連中がやり、俺たちは物資が滞りなく配布されるように通達をするとか、医療チームが避難者たちの健康状態をチェックするとか、まあ肉体労働以外のことを担当している。

 俺と智恵花は、最初は物資の配送準備などを担当していたが、俺たちが情報処理官の資格を持っていることを避難所の責任者に知られると、いつの間にかネットワーク上に分散する様々な情報を整理、解析し報告する任務を与えられた。どうも、まだネットワークは完全に復旧しているわけではなく、重要な情報がメインの回線に載ってこなかったり、ゴミデータが溢れかえっていたりするようなのだ。もちろん人手が足りないときは、俺たちも避難所の力仕事を手伝う。

 それに有難いことに、俺と智恵花は避難所の傍にある情報軍箱根学校の宿舎に部屋を用意してもらえた。箱根学校は情報軍の義体化兵が教育を受ける機関であり、生徒はすべて義体化兵だ。その多くは手術を受けたばかりであり、箱根学校での教育課程を通して新しい身体に慣れつつ、その機能を最大限に活かすように様々な調整が行われる。この教育を通して、義体化手術を受けた者たちは、自らの身体が大きく変わってしまったことを受け入れ、そして新しい軍隊生活に順応していくのだ。

 箱根学校は教育機関であるとともに、義体化研究のための機関でもある。それゆえ、高度な情報処理装置が設置されていて、俺たちはそこで仕事をすることになったのだ。と言っても、あの核攻撃のごたごたでまともに使える場所は少なく、どうにか端末やコンピュータを使用できる部屋を研究棟に見つけ、俺はずっとその整備をしている。まあ、ノイマン型だけでなく小規模ではあるが量子コンピュータや、バイオニューラルネットワークデバイスも使用できるので、何とか任務をこなすことはできそうだ。

 仕事部屋の準備ができたので、次は自室の整理だ。私物はほとんど持って来られなかったものの、それでも掃除ぐらいはしておかないといけない。俺はバケツにぞうきん、そしてほうきを借りてきた。それらを床に置き、自室をぼんやりと眺める。質素で古い部屋だが、きちんと管理をされていたようだ。だが、ずっと使っていなかったのだろう。床はまあまあ綺麗なのだが、見えづらいところには綿ぼこりが層をなして積もっている。たとえば、窓のサッシや机の上、書架の隅などだ。ああ、これは面倒だ。掃除をしてくれる作業用ロボット、通称ドローンでもいればいいのだが。割と最近のタイプなら、床だけでなく壁から家具まですべて自動で磨いてくれるのに。

 そんなことを考えていると、背後からコトリ、と小さな物音がした。俺は反射的に振り返る。しかし、誰もいない。どうも長い間、瓦礫の奥底に閉じ込められていたため、少しだけ臆病になってしまっているようだ。いけない、いけない…。

 と、大きな溜息をつきながら、視線を下に移動させたのだが…。何かいるぞ? 何だこれは。

 俺の足元で、小さな鈍い銀色の物体がちょこまかと動いている。大きさはちょうど一斗缶ぐらい。半ば開いていたドアの隙間から入り込んで来たらしい。小さな円筒にキャタピラがつき、そして不器用そうな小さな二つのアームがついている。しかも、円筒には赤く光るカメラが二つ付いており、まるで目のように見える。その下にあるパネルが口のようにも見えて、何だかレトロ感あふれるロボットに見える。…、って、これドローンか? 作業用ロボットの? 何で、こんな所に? あ、俺の部屋を掃除しに来てくれたのか??

 そんなわけはないか。

 それにこいつ、奇妙なものを掲げているぞ。布っきれのような…。

 俺はそんなことを思いつつ、ふとドローンを持ちあげた。キーキーと抗議の声を上げるドローン。俺はお構いなしに、ドローンが握っている布切れを手に取った。俺はドローンを床に置くと、その布をまじまじと見つめる。

 そして俺はそれが何かを確認するために、何度もぐにぐにと、その小さくてふわふわな布を伸ばしたり縮めたりする。それを返してほしいのか、足元でドローンが抗議の声を上げながら走り回っている。

 うん、ふわふわで良く伸びる布だ。しかも、白と水色のストライプに染められている。良く見ると布切れは三角形に裁断されており、それが二枚、丁寧に袋状に縫われている。しかも、その袋には穴が三つ開いている。大きな穴が一つに、反対側に小さな穴が二つ並ぶ。

 ふむん…

 これ、女性物の下着だ!!

くろねこ小隊シリーズの第2話です。このお話では、大脳の一部さえも義体化した義体化兵の悲哀を描いています。