くろねこ小隊の収束する作戦1:「―優しい観測者―」

 情報支援車の閉塞的な車内、しかも有機ELディスプレイパネル越しに見る空は、寒々しいほどに鈍い色をしていた。まるでその空の冷気が、じんわりと車内に忍び寄ってくるようにさえ感じる。

 あの核攻撃から三か月以上、いや、四か月ほどが経った。つまり、義体化兵である文月智恵花中尉と出会ってから、そのぐらいの月日が流れた。と言っても、俺たちはずっと昔からの知り合いのようにさえ感じる。何の前触れもなく訪れた破滅と絶望との邂逅。あの正体不明の核攻撃の結果、俺たちは多くのものを失った。だが、その代わりに色々なことを経験した。俺と智恵花が出会うだけでなく、多くの仲間ができた。智恵花と同じ義体化兵の神無月かなえ少尉に皐月冴香伍長、それに義体に移植された人工知能(AI)である卯月。皆、とても不思議な縁で呼び集められたような仲間たち。俺は、この仲間たちが頼もしくて好きだし、仲間と一緒に過ごす時間も好きだった。

 だが、何とか復興しつつあったこの世界を、脅かしかねない存在が現れた。俺たちはいつのころからか、あの核攻撃に関係のありそうな奇妙ないくつもの事件に巻き込まれた。その結果、あの核攻撃の裏ではどんな存在が動いていたのか、おぼろげながらも見えてきたのだった。そんなときに、俺たちが所属し世話になっている情報軍の教育機関、箱根学校が何者かによって爆破されたという知らせが入ったのだ。この知らせを聞き、俺たちは慌てて箱根学校へと向かっている。俺たちは押し黙り、いつもは騒がしくさえある情報支援車北上の車内は、外の空気と同じように凍り付いていた。

 北上の後部座席で、ぼんやりと空を眺めていると、隣に座る智恵花がふと声を上げた。

「あ、雪…」

 智恵花のアクリルのように見える繊細な眼球の動きから視線を追うと、そこにはわずかだが雪がちらついていた。いつの間にか季節は冬へと変わりつつある。あの核攻撃から、季節がまた変わろうとしている。

「雪見月少尉、お連れしたほうが良かったですかね…」運転席に座る皐月が義体化兵特有の大きな獣のような耳を動かし、バックミラー越しに俺を一瞥しそんなことを言う。

 雪見月は、先ほどまで一緒にいた義体化兵だ。ある件で世話になったのだが、彼女の居場所もつい先ほど火災で焼失した。箱根学校に一緒に行かないかと誘ったが、まだやるべきことがあると言って残ったのだ。もちろん俺たちは、あとで必ず迎えに行くと約束をしたが、俺は彼女を置いてきたことを少し後悔し始めた。こんな寒空の下、彼女を置いてきてしまって良かったのだろうか。皐月も同じことを考えているらしく、大きな耳が不安げに揺れる。

「雪見月少尉は、必ず迎えに行きます。それよりは今は学校のことを心配しましょう。あの後、何も連絡がないし…」俺の隣で、智恵花が悔しそうに薄く小さい桜貝のような爪を噛む。

「ほんと、どうしたのかなあ。爆発ってことは、何かの事故か、誰かが爆発物を仕掛けたか…。ほんと、何が起きたんだろう」助手席に座る神無月がそう言いながら、元気に跳ねた短めの髪からのぞく大きな耳をせわしなく動かしている。

「坂本少佐からの第一報では、そんなに大きな被害はなかったようだったけど、まあ行ってみないとわからないわね。被害報告が上がって来てから、改めて気づくこともあるでしょうし」智恵花がそう言いながらさらに爪を噛み、苛立たしそうに悔しそうに外を眺めた。そして、遠くに何かを見つけたのか背を伸ばし、大きく耳を揺らす。

「どうしました?」俺は智恵花が見つけた物を確認するため、目を細めて遠くを見る。すると真っ黒な煙が上がっていた。あの方角は…。俺がコンパスで方角を確認しようとするや否や、神無月が呟く。

「あれ、箱根学校だね。まずいな…。良く見えないけど、多分、かなりの建物が燃えている」神無月が身を乗り出し、北上の小さな窓から頭を出し遠くを見つめた。

「急ぎましょう」智恵花がそう呟くと、また車内には静寂が訪れた。

 数刻後、俺たちは箱根学校に到着した。人工の鼻を持たない俺でもわかるぐらい、辺りには濃密な化学繊維の燃える匂いが漂っていた。皐月はやや乱暴に北上を正門傍に横付けすると、俺たちは転がるように車外へ飛び出した。いや、最後尾のシートにいた卯月に至っては、出る瞬間に足を引っかけ本当に転がり出てしまった。俺は彼女の左手を強く引き、起こしてやる。

「いててて…、あ、すみません」卯月は豊満な身体を大きく震わすと、涙目で鼻の下を左手で擦った。白い人工血液が少しだけ滲んでいる。彼女は義体を使用しているが、その本体はある人工知能プログラムだ。そんな彼女が感じる痛みとは、どのようなものなんだろうか。

「人工血液のおかげで傷はふさがるけれど、変な感染症になったら困る。気をつけろよ」俺がそう言い北上の中から滅菌されたガーゼのパックを取り出すと、卯月に渡した。彼女は嬉しそうに頭を下げる。短く青い髪が、ふわふわとたなびいた。

いよいよ、くろねこ小隊の第2部が開始されました。あの核攻撃を引き起こしたのは、いったい誰なのか。新しく登場する「優しい観測者」とともに、事件の真相を解決していきます。