くろねこ小隊の収束する作戦3:「―ひと握りの夢―」

 ぼんやりと部屋の外を眺める。まだ始業時間には、なっていない。僅かに見える人影に俺は目を凝らした。白い息を吐く二人の義体化兵。その特徴的な姿が遠くからでも良くわかる。義体化たちの教育施設である、ここ箱根学校では、少しずつだが日常を取り戻そうとしている。まあ俺は日常が破壊され、緊急事態に陥ってからの箱根学校しか知らないが、恐らく日常の光景と言うのはこう言うものだろうと想像してみる。

 あの核攻撃から半年以上が経つ。いつの間にか年が明けてしまった。この半年で本当に色々なことがあった。でも、とにかくあの攻撃から生き延びたのは幸運だったし、それに何人もの仲間と出会いこうして居場所を作ることができたのも、また幸運であったのだと思う。本当に幸運だった。あのとき、あの核攻撃の瞬間、俺たちは今までに慣れ親しんでいた世界に別れを告げた。美しい景色は破壊され、俺たちが築き上げてきたものも殆どが塵となった。しかし、ぎりぎりのところで破滅は免れた。俺たちを支えてくれていた文明や技術は完全に失われずに、着実に復興を遂げている。石器時代からやり直すようなことは無く、何とか元の文明社会を取り戻すことが出来そうなところまで来ている。つい先日聞いた話だが、石油の生産が再開され、医薬品も限定的にだが流通するようになってきたそうだ。それに保存食だけでなく、生鮮食品も届くようになった。うまいものが食えるというのは、本当に気分が良いものだ。皆の顔に笑顔が戻ってきた。  とまあ、こうして俺たちは立ち直ってきたのだけど…。どうしてもうまくいかないこともある。どう頑張ってみても、駄目なことが。

「ああああああ! もう、どうしてなのよっ!」  俺の後ろでやや甲高い女性の声が聞こえる。文月智恵花中尉の声だ。俺の上官でもあり、あの核攻撃のさなかに出会った大切な仲間。恐る恐る振り返ると、艶やかな黒髪の間に生える真っ黒な猫のような耳が、苛立たし気に大きく震える。こんなときには声をかけない方が良い。きっと、何か良くないことが起きているのだ。そして声をかけたら最後、絶対に面倒ごとに巻き込まれる。そう理解しているのだが、つい俺は声をかけてしまう。 「どうしました? 中尉殿?」俺は仕事机の端に置かれた端末の電源を入れた。微かな唸りが聞こえてくると同時に、頬をピンクに染め涙目になっている智恵花が立ち上がりこちらを向いた。

「聞いてよ、准尉! 昨日、復旧させた回線、SAS75のAがまた切断されている。何度試しても論理的に切断箇所を迂回できないから、きっと物理的にやられちゃってる! もう、正月休みもろくに取らないで、ずっとずっと作業をしてきたのに!」  智恵花はそう言うと、悔しそうに潤ませた瞳をこちらに向ける。そして、さらに悔しそうに右手の親指の爪を噛んだ。彼女の癖だ。何か悔しいことがあると、智恵花は途端に子供っぽくなる。 「ああー、またやられましたか」 「そうなのよ、ほんと誰の仕業よ! きっとあいつらだわ! 長門さくらとその仲間がやったのよ!」智恵花は灰色の事務椅子に乱暴に腰かけ、背もたれに力をかけてくるりと回って向こうを向いてしまった。

 俺たちは箱根学校に落ち着いてから、情報軍の任務の一つとして各種回線の復旧作業を行っている。軍の回線は冗長性があり、例え何箇所か不通になっても中継ノードを変更して復旧させることができる。だがここ一週間ほどの間、奇妙なことが起きているのだ。せっかく復旧した回線を、何者かが物理的に破壊して回っている。それも犯人は回線の冗長性について熟知しているのか、すぐに復旧できないように姑息に破壊活動を行っているのだ。そんなことができるのは、恐らく軍関係者。そして智恵花は、その犯人こそ俺たちの職場を破壊しつくした人物である、長門さくら軍曹だと言うのだ。長門はその素性が不明ではあるが、陸軍から情報軍に出向してきた義体化兵である。それにどうやら、このような破壊活動を行い続けている組織に所属しているようなのだ。だから恐らくきっと、俺もあの長門さくらが今回の一連の破壊活動に何らかの形で関わっているのではないかと思う。

「しかも、ここ最近ちょこまかと回線を壊しまわっている奴って、大規模な破壊活動は行っていないようなのよね。軍のネットワークの脆弱性をつくように、ごくごく小規模の破壊、恐らく中継ノードへのワイヤーを切断するような形で行っているのよ。だから目立たない。でも、あいつらからしたら効果は絶大ってわけ。あーあ、衛星が使えれば、無線ですぐに回線復旧ができるのになー」智恵花はそう言うと、椅子を回転させながら天井を仰ぎ見る。 「破壊箇所の推定は行っていますので、今度、どのように破壊されているか調査しないといけませんね」俺がそう言うと、智恵花は驚いたような表情を向け椅子の回転を止める。それと同時に、艶やかな彼女の長い黒髪が、その白くて愛らしい顔に盛大にかかる。智恵花は驚いた表情のまま、髪をかき上げ、ますます頬を紅くした。 「じょ、冗談じゃないわっ! いったい何箇所あるのよ、そんな破壊箇所なんて。あー、でも通信回線に詳しい人が見に行かないといけないわね…。で、多分その役目は私たちに回ってくる可能性が高い…。ああああああああ! 長門め! 叩きのめしたい!」智恵花はどす黒い瘴気を吐き出しながら唸り、そのまま机に突っ伏した。

卯月の行方が分からぬまま年が明け、それでも着実に元の日常を取り戻そうと努力する如月たち。ある日、如月たちはいつものように軍のネットワークの修理を続けるが、単発的にネットワークへの物理的攻撃が行なわれ、その復旧が遅々として進まない。そんな状況で、如月たちは奇妙な電波を受信する。その発信源を調査することになったのだが…。如月たちは電波発信源の調査の過程で、一連の事件のある情報を知ります。